ギャンブルで負けを取り返そうとする人の心理を解説します。
ギャンブルは基本的に損をする仕組みになっていますが、脳が興奮状態になった人はムキになり、歯止めが効かなくなります。
毎回取り返そうとしてさらに負けて後悔している人向けに、克服する方法も4つご紹介しましょう。
負けた瞬間に頭をよぎる「次で取り返す」!その思考こそが破滅への入り口

ギャンブルで信じられないほどの金額を失ってしまった瞬間。心臓が凍りつき、血の気が引くあの絶望感。
しかしその直後、頭の中には、まるで天啓のように一つの強い思考が閃きます。
「大丈夫だ、次で取り返せばいい!」「このまま負けて終われるわけがない!」
その思考は唯一の希望の光であり、もっとも合理的な判断であるかのように感じられますが、その「取り返す」という一見、前向きにさえ聞こえる思考こそが、より深く、抜け出すことのできない、底なしの沼へと引きずり込む破滅への入り口なのです。
なぜ、私たちは非合理的だと分かっていながら、「取り返す」という思考の罠から逃れられないのか、その背景にある脳の仕組みと、歪んでしまった心理を徹底的に解き明かしていきましょう。
そして、その地獄のサイクルから抜け出し、平穏な人生を取り戻すための具体的な道筋を示します。
なぜやめられないのか?「取り返す」思考の脳科学的メカニズム

ギャンブルで大負けしたあとに「取り返さなければ」という思考に囚われるのは、決して意志が弱いからでも性格に問題があるからでもありません。
それは人間の脳に、あらかじめプログラムされている、きわめて強力な「脳のバグ」ともいえる心理的なメカニズムで、ある意味自然な反応なのです。
「損失の痛み」は「利益の喜び」の2倍!プロスペクト理論と損失回避性
行動経済学の第一人者であり、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが提唱した「プロスペクト理論」によると、人間は利益を得た時の喜びよりも、同額の損失を被ったときの痛みのほうが遥かに強く感じる性質を持っています。その強さは、一般的に「喜びの2倍から2.5倍」ともいわれています。
つまり、ギャンブルで10万円を失ったときの精神的な苦痛は、10万円を手にしたときの喜びとは、比べ物にならないほど強烈なのです。
この耐え難い「損失の痛み」から、一刻も早く逃れたい脳の防衛本能が、「損失そのものを、なかったことにする」=「取り返す」という、強迫的な行動へと私たちを駆り立てるのです。
「ここまでつぎ込んだんだから」と泥沼にハマるサンクコスト効果の罠
「サンクコスト(埋没費用)効果」とは、すでに支払ってしまい、もう取り戻すことのできないコスト(お金、時間、労力)をもったいないと感じるあまり、その後の合理的な判断を誤ってしまう心理的な罠です。
ギャンブルにおいて、すでに失ってしまったお金は、このサンクコストに当たります。「ここでやめたら今までにつぎ込んだお金が、すべて無駄になってしまう。取り返すまで続ければ無駄にはならないはずだ」という、非合理的な思考に囚われてしまうのです。
本来、次の賭けに勝つか負けるかの確率と、過去にいくら負けたかは、まったくの無関係です。
しかし、このサンクコスト効果によって、負ければ負けるほど、その投資を「無駄にしたくない」という気持ちが強くなり、さらに深みへと自らハマっていくのです。
ギャンブルで「取り返そう」とする人の深層心理3選

脳に仕組まれた抗いがたいメカニズムに加え、ギャンブルで負けが込んだ人の心の中は、正常な判断力をさらに狂わせる特有の心理状態に支配されています。
その代表的な3つの深層心理を解説していきましょう。
パニック状態と「一発逆転」への非合理的な期待
多額の損失を確定させた瞬間、人の心は冷静さを失い、一種のパニック状態に陥ります。
「このお金を、どうやって工面すればいいのか」「家族に何と説明すればいいのか」という、目前に迫った破滅的な状況から逃れたい一心で、正常な思考ができなくなります。
このパニック状態において、地道に働いて何年もかけて借金を返済する現実的な解決策は、あまりにも時間と苦痛を伴うものに感じられます。
その結果、「もう一度、大きな賭けに勝てば、この問題はすべて一瞬で解決する」という、非合理的な「一発逆転」への期待にすがりついてしまうのです。
ギャンブルでしか得られない興奮(ドーパミン)への渇望
ギャンブルは、その結果の不確実性によって、脳内に快楽物質である「ドーパミン」を大量に放出させます。
特に、賭け金が大きくなるほど、その興奮と勝った時の高揚感は他に代えがたいものとなります。
大きな損失を抱え、絶望的な気分に沈んでいるとき、その苦痛を忘れさせてくれる唯一の手段が、さらなるギャンブルによる強烈な興奮である依存のサイクルに陥っています。
「取り返したい」気持ちは、失ったお金を取り戻したい欲求であると同時に、ギャンブルでしか得られない、あの脳が痺れるような興奮を再び味わいたいドーパミンへの渇望でもあるのです。
「次は勝てるはず」という都合の良い記憶の歪み(認知バイアス)
人の記憶は、非常に曖昧で自分に都合よく、簡単に歪められてしまいます。
ギャンブルにのめり込んでいる人は、これまでの数え切れないほどの負けの記憶を意識の底に沈め、数少ない「大勝ちした経験」や、「あと一歩で大金が手に入るところだった」という、惜しい経験ばかりを鮮明に思い出す傾向があります。
この歪められた成功体験によって、「自分には勝つための流れが分かっている」「これだけ負けが続いたのだから、次は絶対に勝てるはずだ」という何の根拠もない、誤った自信(認知バイアス)が生まれます。
その結果、「取り返す」行為が、無謀な賭けではなく、勝つべくして勝つ当然の行為であるかのように感じられてしまうのです。
それは「意志の弱さ」ではなく「ギャンブル依存症」

損失を取り返そうとギャンブルをやめられない。この負のサイクルにはまり込んでいる状態は、もはや「運が悪い」とか、「熱くなりやすい性格」といった個人の資質の問題ではありません。
まず、この状態が「意志の弱さ」によって引き起こされているのではない事実を認識する必要があります。
「意志が弱い」のではなく「脳がハイジャックされている」状態
ギャンブル依存症は、アルコール依存症や薬物依存症と同じく、特定の行為への渇望を自分の意志ではコントロールできなくなる精神疾患の一つです。
長期間、ギャンブルの強烈な刺激にさらされ続けることで、脳の報酬回路(快感や喜びを感じる神経回路)が異常をきたしてしまいます。
その結果、理性や衝動をコントロールするはずの前頭葉の働きが著しく低下し、脳がギャンブルによる快楽を求める原始的な欲求に「ハイジャック」されてしまうのです。
この状態では、どれだけ固く「もうやめる」と誓っても、脳がそれを許してはくれません。
【自己診断】ギャンブル依存症の簡易チェックリスト
以下の項目の中に、複数当てはまるものがあれば、ギャンブル依存症の可能性が高いと考えられます。
- 以前と同じ興奮を得るために、賭け金の額をどんどん増やしていく必要を感じる。
- ギャンブルを減らしたり、やめたりすると、落ち着かなくなったりイライラしたりする。
- ギャンブルをやめようと何度も固く誓ったが、その度に失敗している。
- 仕事中や家族といるときでも、ギャンブルのこと(次の資金策や過去の勝負など)を考えている時間が多い。
- 負けたお金をギャンブルで取り返そうとして、翌日、あるいは、すぐにまたギャンブルに行ってしまう。
- ギャンブルが原因で大切な人間関係(家族、恋人、友人)や仕事、学業を失いかけた、あるいは、失ってしまった。
- ギャンブルで作った借金を、家族やほかの誰かに泣きついて助けてもらったことがある。
地獄のサイクルから抜け出す「取り返す」思考を克服する4つの方法

ギャンブル依存症を正しく認識した上で、次に行うべきは、具体的な「行動」です。負のスパイラルから抜け出すことは決して簡単ではありません。
しかし、正しい方法を一つひとつ着実に踏んでいくことで、平穏な日常を取り戻すことは可能です。
「自分の力だけでは不可能」と問題の深刻さを認める
克服への重要な第一歩は、「自分一人の力では、もうこの問題は解決できない」と、心の底から認めることです。
「次こそは勝てる」「これが最後にする」といった、根拠のない希望を完全に断ち切る。失ったお金は、もう二度とギャンブルでは取り返せない厳しい現実を受け入れる。
これは敗北宣言ではなく、現実と向き合い直していくための勇気ある決断です。
専門の医療機関や自助グループに助けを求める
一人で戦うことをやめたら、専門家の力を借りる「勇気」も必要です。
各都道府県や政令指定都市に設置されている「精神保健福祉センター」に電話をすれば、どこに相談すればよいか専門の相談員が無料かつ秘密厳守で教えてくれます。
また、精神科や心療内科といった専門の医療機関や、同じ悩みを持つ仲間と匿名で分かち合う「ギャンブラーズ・アノニマス(GA)」のような、自助グループにつながることも回復への非常に大きな力となります。
物理的にギャンブルから距離を置く環境を強制的に作る
ギャンブル依存の克服で意志の力だけに頼るのは危険です。本人の意志に関わらず、物理的にギャンブルができない環境を強制的に作り出すことが不可欠となります。
- 財布には必要最低限の現金しか入れず、クレジットカードやキャッシュカードは、信頼できる家族に預けるか解約する。
- 競馬や競輪などの、オンライン投票サイトはすべて解約する。スマートフォンのアプリも削除する。
- パチンコ店や場外馬券売り場など、自分が通っていた場所には物理的に絶対に近づかない。
- 各施設が提供している「自己申告プログラム」を利用し、自身が施設に入場できないように制限をかけてもらう。
ギャンブル以外の「新たな楽しみ」や「生きがい」を見つける
ギャンブルをやめると、心にぽっかりと大きな穴が空いたように感じます。その穴を健全な活動で埋め、脳の報酬回路を正常な状態に「上書き」していく作業が必要です。
スポーツや筋トレといった、体を動かす趣味。映画鑑賞や読書、楽器の演奏といった創造的な活動。あるいは、ボランティア活動のように誰かの役に立っていると実感できること。何でも構いません。
ギャンブル以外で、自分が「楽しい」「充実している」と感じられる新たな生きがいを見つけることが、再発を防ぐ確実な方法となります。
本人を支えるために周囲ができること・やってはいけないこと

ギャンブルの問題は本人だけでなく、その周りにいる、ご家族や友人の生活にも深刻な影響を及ぼします。
愛する人が借金を重ね、嘘をつき、日に日に変わっていく姿を見るのは耐え難い苦痛でしょう。
しかし、その苦しみから良かれと思って取った行動が、かえって本人の回復を遠ざけてしまうことも少なくありません。
絶対にやってはいけないこと:借金の肩代わりと感情的に本人を責めること
もっともやってはいけない行動が、本人の作った「借金の肩代わり」です。
借金を清算してあげることは、一見、本人を助ける行為のように思えますが、これは本人がギャンブルによって引き起こされた、痛みを伴う「結果」と向き合う機会を奪う行為にほかなりません。
喉から手が出るほど欲しかったお金が再び手に入ったことで、本人は、またギャンブルにのめり込んでしまう。この「尻拭い」が結果的に、依存症をさらに悪化させる最大の要因となるのです。
同様に、「なぜこんなことをしたの!」と感情的に本人を責めたり、問い詰めたりすることも逆効果です。
本人は、すでに強い罪悪感と自己嫌悪に苛まれています。そこを責め立てることは、本人をさらに孤立させ心を閉ざさせてしまうだけです。
周囲ができる唯一のこと:本人の話を聞いて専門機関への相談を根気強く促すこと
周囲にできることは、本人の言い分や苦しみを冷静に、否定せずに聞くことです。その上で、「これは、あなたの意志の問題ではなく病気なのだから、専門家の助けが必要だ」ということを根気強く伝え続けることです。
「あなたを失いたくないから、本当に心配している。だから一度、一緒に専門の相談窓口に行ってみない?」と、本人の回復を心から願っているメッセージとともに、具体的な行動を促し続けましょう。
家族だけで抱え込まず、家族自身も依存症問題を扱う家族向けの自助グループなどにつながり、正しい知識と適切な距離感を学ぶことが非常に重要です。
失ったものを取り返す場所はギャンブルの場ではなくこれからの「人生」そのもの

「取り返す」という思考に囚われて本当に失ってしまったものは一体何なのか。それは、単なる財布の中のお金だけではありません。
家族からの信頼や友人との穏やかな時間、そして、何より自分自身への誇りと平穏な心です。
これらの、お金よりも遥かに価値のある、かけがえのない宝物は、パチンコ店や競馬場、あるいは、スマートフォンの画面の中では決して取り戻すことはできません。
あの場所は、さらに多くのものを奪い去るだけの一方通行の入り口です。
失った信頼を本当の意味で「取り返す」場所。それは、一日、また一日と、ギャンブルをしない誠実な日々を、ただひたむきに積み重ねていく、これからの自分の「人生」そのものです。
もう、不確実な確率に自分を賭けるのはやめて、回復への道を歩むと固く決意した自分自身の未来に、これからのすべての時間を賭けましょう。
その先にある、穏やかな日常を取り戻すことこそが、人生における最大の勝利です。